人形佐七捕物帳154
しかし捕物帳はこれでいいのです
「舟幽霊」（横溝正史）
（「完本 人形佐七捕物帳九」）
春陽堂書店
「舟幽霊」（横溝正史）
（「舟幽霊」）角川文庫
大桝屋の広大な寮で開かれた
月見の大宴会。その最中に
柳橋の名妓･おえんが殺される。
死体にはなぜか
異なる凶器による傷が
七カ所もあった。
招かれていた佐七は、
屋形船の中で拾ったかんざしが
おえんのものであることを
知り…。
横溝正史の人形佐七捕物帳の一篇です。
｢舟幽霊｣という何やら
おどろおどろしい表題ですが、
その名の通り、冒頭で
佐七が屋形船に乗り込もうとした際、
船宿のおかみがずぶ濡れの女の幽霊を
目撃します。
そしてその屋形船の中で拾った
一本のかんざし。
それらが事件解決の
鍵となっていくのです。
【捕物帳一五四｢船幽霊｣】
中村富五郎(天王寺屋)
…天王寺屋の親方。花形役者。二十五。
お駒
…売り出し中の若い芸者。
おえん
…巴屋の名妓。富太郎と恋仲。二十四。
大桝屋嘉兵衛
…江戸の資産家。天王寺屋のパトロン。
お秋(寿貞尼)
…嘉兵衛の妻。髪を下ろしている。
桜川一平
…吉原の幇間。
お徳
…船宿･井筒のおかみ。
佐七の乗った船に｢幽霊を見た｣と
言って驚く。
巳之助
…船宿･山吹屋の若い衆。
富五郎･お駒･佐七の乗った船の船頭。
辰･豆六…佐七の乾分。
佐七…人形佐七と呼ばれる御用聞き。
本作品の読みどころ①
死体につけられた七カ所の傷の謎
｢なにかに強くうたれた｣傷、
｢おおかみにでも
かみさかれたよう｣な傷、
｢太い棒でつかれたよう｣な傷、
｢鋭利な刃物で
切られたよう｣な傷などなど、
七つの傷は｢ひとつとして
おなじ種類のものはなかった｣のです。
なぜそのような傷がつけられたのか？
どんな方法で殺害されたのか？
激しい怨恨があったのか？
謎が謎を呼びます。
本作品の読みどころ②
売れっ子役者の親の敵討ち
おえんとつきあっていたのは
売れっ子役者･富五郎。
彼は幼い頃に殺された親の敵を探して
上方から江戸へ出てきていたのです。
その敵がどうやら富五郎の
後援者である大桝屋らしいのです。
おえんはその証拠を探していた
形跡があります。
親の敵が実は恩人という奇縁と、
証拠を握った愛人の殺人事件。
両者は関係があるのか？
裏に何があるのか？
やはり謎が謎を呼びます。
本作品の読みどころ③
舟に現れた幽霊の行方
船宿のおかみが目撃した
ずぶ濡れの女の幽霊の正体は一体？
おかみの目の錯覚か？
それとも？
ここでも謎が謎を呼びます。
こうした筋書きを読みすすめると、
何か壮大な物語が展開していくような
錯覚を覚えます。
富五郎に関わる
｢江戸での親の敵｣の一件、そして
お徳が見た｢幽霊｣と合わせて考えると、
過去の因縁が複雑に絡んだ殺人事件、
横溝得意のパターンが思い浮かびます。
しかし本作品はわずか40数頁(文庫)の
短篇作品に過ぎません。
佐七が屋形船の中で拾ったかんざしは
おえんのものであることが判明し、
佐七の名推理が炸裂します。
そしてこれら大きな謎は
全て解決されていくのです。
それとともに膨らみかけた筋書きも
一気に収束していきます。
やや尻すぼみの感が
しないでもありませんが、
こうした小気味よさこそ
捕物帳の良さなのです。
のちの金田一ものであれば、
こうしたおどろおどろしい設定で、
それなりの分量の物語を
つくることができたでしょうが、
しかし捕物帳はこれでいいのです。
（2020.3.3）
〔追記〕
｢完本 人形佐七捕物帳｣購入しました。
全10巻揃えるのに
時間がかかりましたが、少しずつ、
じっくり読んでいきたいと思います。
アイキャッチ画像は
｢完本｣に変更しました。
（2023.5.7）
【人形佐七捕物帳はいかが】
【横溝ミステリはいかが】
【こんな本はいかがですか】
【今日のさらにお薦め3作品】
